魔法の砂

「魔法の砂なんだって、これ」
 塩谷が持ってきた小さな瓶の中には、砂と言ってもトゲトゲしているものが入っていた。これって、星の砂じゃあ……。あたしはすぐさま、こいつ騙されたんじゃないの? と思ったけれど、言わないことにした。ひとまず、この人の話を聞いてからでもいいと思ったから。
「どうしたの? それ」
「なんかさ、さっき本屋からの帰り道にぶらぶら道を歩いていたら、露店を見つけて売ってあったのよ。美人のお姉さんが売ってた」
 それはどう考えても怪しい。あたしもついさっき、本屋の向こうの喫茶店から帰ってきたばかりなのに、帰り道にそんな露店なんて見かけなかった。この人はまったく、どこをどうぶらぶらしてきたんだろう。それに、そもそも、露店を見つけたからって、砂を売っているような、そんな怪しい露店に寄ることなんて、普通しない。ましてや、美人ならなおさらだ。
 そんな風にあたしが思っていることに気がついたのか
「いやー、お姉さんがさ、『そこのかっこいいバトラーさん、寄ってかない?』って、言うもんだから。おれ、ホント心底びっくりしてさ。いくらおれが執事服を着ているっていってもさ、バトラーって、普通言わねえよ、ほんと。びっくりした」
 それはびっくりするけど、それで店に近寄るあんたにあたしもびっくりだよ! 頭の中ですごく思ったけど、我慢がまん。
「へ、へえええ。そ、それで寄ったの?」
「寄った。近づいたらやっぱりすごい美人さんで、そりゃもう。なんか生きててよかったなあ、本屋で『モテる歩き方』って本、立ち読みした甲斐があったかもなあ、うははは、とか思ったよ」
 だめだこいつ。「そ、そう」
「で、お姉さんは、魔法の砂を売っててさ。まあ、そんなこんなで、お姉さんとお話しながら、これを買うに至ったわけなんだけれど、ともかく、これをみいちゃんにあげよう」
 どうして買うに至ったのか、まったくわからない。それにあげようと思っている理由もまったくわからない。
「え、ど、どうして? よくわからないんだけれど」
「魔法の砂を持っているといいことがあるんだってさ。だから」
 あたしはよくわからないけれど動揺した。だからつい口を挟んで
「だったらあんたが持ってたらいいじゃない。あたしはいらない」
「まー、えーと、その、なんというか。おれが持っててもなあ。おれは毎日いいことばかりだからなあ。うはは。みいちゃんに相ちゃん、二人と一緒に毎日楽しく仕事できてるし。うん。これは日ごろのお礼みたいなものなのよ。うん。いつもありがとう」
 なんかよくわかんないけど、負けた気がした。
「う、相子のもあるんでしょうね。ちゃんと」
「もちろん」
「ちゃんとあげてよね」
「もちろん」
「……ありがと」
 あたしは砂が入った小瓶を受け取りながら、何となく魔法を感じた気がした。