法則

 何かを得るために何かを失うなんて。考えるだけ、馬鹿げてる。そうやってわたしはずーっと思っていたんだけれど、現実において、そういうことは多々ある。何かを得るために何かを捨てなければならない、そういうこともあるのだ。こんなことを考えていると、ふと頭の中で繰り返される記憶は、昔のこと。実験で質量保存の法則を習ったり、エネルギー保存の法則を習ったりしたあの理科室の、何もいない水槽がただひたすらにぽこぽこと空気の泡を出していた、誰もいなくなった放課後の教室のこと。水の乾いた跡が残ってるビーカー。試験管。蛇口に付けられた固くなったホース。ただそこにあるだけで、その場所を印象づけるもの。
 わたしは飲みかけのコーヒーをデスクに置く。少し前に届いたメールを読み返して、ため息をつく。やはり、か。数ヶ月前、恋人はアメリカに旅立った。自分に足りないものを見つけるために。そうして、彼は足りなかったものを見つけたのだ。新しい恋人、を。
 もちろん、わたしに落ち度があったとしか言いようがない。しょうがない。そういうものだ。そういうものだってわかっている。わかっているのに。泣いてしまう。
 わたしは彼を失った代わりに、何かを得たのだろうか。わからない。何かを得たから、彼を失ったのだろうか。わからない。ほんとに、馬鹿げてる。