無題(1)
限りあるものに、ぼくらは悲しみをいつだって覚えるものだ。たとえば、かき氷を食べている時。永遠に続くと思われた祝福の時は、冷たさのキーンという頭痛と共にすぐさま消え去っていく。そうやって、ぼくは、ただただ夏の熱い日差しを背に、何もなくなったかき氷の入った茶碗をひとり眺めるだけになる。
セミの鳴き声と共に、ぼくはふと空を見上げた。
*
ぼくは朝倉。朝ご飯はいつも食パンと決めている。もちろん、時間ぎりぎりまで学校に行く準備をしないで、口にくわえながらの食パンだ。たぶんきっと勘の良い人は、可愛い女の子にぶつかるためだ、って気づくだろうけど、どうもぼくの周りの人は気づいていないようで。たぶん、パンをくわえて走る高校生、ただし背景、みたいな扱いなんだと思う。
いつものように教室に入り、鞄を適当にロッカーに投げ込んで、机でうつぶせになる。まだ始業時間まで五分もあるから。うつぶせになっていると、隣の席の関根さんたちの声が聞こえる。
「また朝倉君が寝てる。かあいい。ねー」
「ねー」
どこがかわいいんだ、とぼくはしみじみ思いながらも、女の子からそう言われるのは嫌いじゃない。でもやめてほしい。恥ずかしくて、なんだかしばらく起き上がれなくなるから。眼鏡が曇るのを感じる。
始業時間になり、またつまらない時間が進んでいく。時計の針は眺めていると遅く動くからすごくやっかいな存在だと、親父が昔、学生だった頃の話をする時に言っていた。今でもよく言うから、親父は若いままなのだろう、とぼくは少し考えて、そりゃねえな、と考えを改めた。
くだらないことを考えながら、ぼくはふと窓辺のマドンナに目を向ける。自分の世界は好きだけど、ずっと居るのはうんざりするから休憩は欠かせない。それには、このクラスのとても美しい一人の女の子が必要であって、それはみちるちゃんのことだ。
ぼくは彼女を見ているのがとても好きだ。色白の肌をしていて、なんだかとても透き通った感じがするから。長い髪は風と共に遊んでいるみたいさらさら揺れていて、何となく彼女のシャンプーの香りが感じ取れる気がして……って、いかんいかん、休憩しすぎてもよくない。適度に黒板は見なきゃいけない。なぜなら、担任の田中先生はニヤニヤしながら、ぼくをたまにチェックするからだ。まったく、田中め。心で悪態をつきながら、ぼくは適度に相づちを打って、授業に戻るのである。